蜘蛛に対して、どこか不気味な印象を持っている方もいるかもしれません。しかし、その生態は驚きと発見に満ちています。中でも、蜘蛛の聴覚は私たちの想像をはるかに超える、非常にユニークな能力です。
そもそも蜘蛛は音が聞こえるのか、という疑問から、蜘蛛に耳はあるのだろうか、あるいは蜘蛛が出すという鳴き声の正体は何か、といった問いが浮かび上がります。
この記事では、そうした蜘蛛の聴覚にまつわる様々な疑問を解き明かしていきます。音を感じる驚きの仕組みから、その能力を駆使した生存戦略、そして音を使ったコミュニケーションまで、知られざる蜘蛛の感覚の世界を詳しく解説します。
- 蜘蛛が音を聞くための特殊な体の仕組み
- メダマグモなど特定種の驚くべき聴覚能力
- 聴覚を使った獲物の捕獲や天敵回避の戦略
- 蜘蛛が出す音の種類とそのコミュニケーション上の役割
蜘蛛の聴覚の基本!その驚くべき仕組みとは

ここでは、蜘蛛がどのようにして音の世界を認識しているのか、その基本的なメカニズムに迫ります。私たち人間とは全く異なる、驚きの感覚器官の仕組みを解き明かします。
- 蜘蛛に耳はあるの?音が聞こえますか?
- 耳の代わりになる脚や体毛の感覚器官
- 空気や地面の振動を捉える聴毛の役割
- メダマグモの聴覚は最新研究で解明
- 遠くの音を聞く脚が耳の役割を果たす
蜘蛛に耳はあるの?音が聞こえますか?

結論から言うと、蜘蛛には私たち哺乳類が持つような、鼓膜や耳小骨を備えた「耳」という器官は存在しません。しかし、耳がないからといって、音が聞こえないわけではないのです。
蜘蛛は、音を「空気の振動」として捉える、まったく別の仕組みを発達させました。そのため、耳という特定の器官に頼ることなく、全身で周囲の音環境を敏感に察知できます。
これから解説するように、蜘蛛の体、特に脚や体毛に備わった特殊な感覚器官が、耳の代わりを果たす重要な役割を担っています。
耳の代わりになる脚や体毛の感覚器官

蜘蛛の聴覚の秘密は、脚や体表に無数に存在する、極めて敏感な感覚器官にあります。これらが耳の代わりとなり、音や振動の情報を脳へと伝達します。
主な感覚器官は二つ考えられています。一つは「聴毛(ちょうもう)」と呼ばれる非常に細い毛です。もう一つは「細隙器官(さいげききかん)」という、外骨格にある微細なスリット状の構造で、これらが集まったものは特に「琴状器官(きんじょうきかん)」と呼ばれます。
これらの器官が連携して機能することで、蜘蛛は獲物の立てるかすかな物音から天敵の接近まで、生き残るために必要な音情報を高精度で収集できるのです。
空気や地面の振動を捉える聴毛の役割

聴毛は、蜘蛛の聴覚システムにおいて、アンテナのような働きをします。脚や触肢(しょくし)に生えているこの細長い毛は、空気中のごくわずかな振動や音波に反応して揺れ、その情報が根元にある神経細胞を通じて脳に伝わります。
その感度は驚異的で、蜘蛛が数メートル離れた場所での拍手音を感知できるそうです。特に、昆虫の羽ばたきなどが生み出す低い周波数の音に対して敏感です。
聴毛は空気の振動を直接捉えることで、蜘蛛が周囲の状況を立体的に把握するための鍵となっています。
メダマグモの聴覚は最新研究で解明

近年、蜘蛛の聴覚研究において特に注目を集めているのが、巨大な目が特徴のメダマグモです。最新の研究によって、この蜘蛛が視覚だけでなく、極めて優れた聴覚を持っていることが明らかになりました。
研究のきっかけは、あるユニークな実験でした。研究者がメダマグモの目をシリコンで覆い、視覚を完全に遮断した状態でも、クモが飛んでいる虫を正確に捕らえることができたのです。この結果から、「視覚以外の何か、おそらく音を聞いて獲物を捕らえているのではないか」という仮説が生まれ、詳細な調査が始まりました。
この発見は、蜘蛛の聴覚能力が従来考えられていたよりもはるかに高度である可能性を示唆し、研究者たちを驚かせたのです。
遠くの音を聞く脚が耳の役割を果たす
メダマグモの研究は、さらに驚くべき事実を突き止めました。彼らは、脚の先端付近にある感覚器官を使い、まるで鼓膜のように音を聞いていたのです。この「脚の耳」によって、約2メートルも離れた場所からの音を聞き分けることができます。
実験では、様々な周波数の音をメダマグモに聞かせたところ、音の種類によって全く異なる行動をとることが確認されました。
メダマグモの音に対する行動の違い
音の種類 | 周波数帯の目安 | メダマグモの行動 |
昆虫の羽音など | 低周波 | 網を広げて獲物を捕らえようとする |
鳥の鳴き声など | 高周波 | じっと動かなくなり、天敵から身を隠す |
メダマグモは単に音を感知するだけでなく、その音の周波数から「獲物か、天敵か」を判断し、生存に直結する行動を選択していることが分かります。脚が耳の役割を果たすという事実は、生物の感覚の多様性を示す好例と言えるでしょう。
蜘蛛の聴覚がもたらす生存戦略とコミュニケーション

蜘蛛の聴覚は、単に音を聞くためのものではありません。ここでは、その能力がどのようにして獲物の捕獲や天敵からの回避、さらには仲間とのコミュニケーションに活かされているのか、具体的な生態を通して解説します。
- 聴覚を武器に獲物を狩る蜘蛛の生存戦略
- 天敵の接近を音で察知する回避能力
- 蜘蛛が出す鳴き声の正体と発音の仕組み
- 求愛や威嚇で音を使うクモの生態
- 奥深い蜘蛛の聴覚の世界(まとめ)
聴覚を武器に獲物を狩る蜘蛛の生存戦略

蜘蛛にとって、聴覚は獲物を捕らえるための強力な武器となります。多くの蜘蛛は、巣にかかった獲物がもがく振動を脚で感じ取り、その位置や大きさを正確に把握します。
しかし、聴覚の利用はそれだけにとどまりません。網を張らない徘徊性の蜘蛛や、前述のメダマグモなどは、獲物が発する羽音や、移動によって生じる空気のわずかな乱れを感知します。
暗闇の中や視界が遮られている状況でも、音を頼りに獲物のいる方向へ正確に飛びかかったり、網を投げかけたりできます。聴覚は視覚を補い、狩りの成功率を格段に高めるための重要な能力なのです。
天敵の接近を音で察知する回避能力
聴覚は、獲物を捕らえる攻撃的な側面だけでなく、天敵から身を守る防御的な側面においても生命線となります。蜘蛛を捕食する鳥やハチなどは、接近する際に特有の音を発します。
蜘蛛は、脚や体毛の感覚器官を駆使して、これらの危険な音を敏感に聞き分けます。天敵の接近を音で察知すると、即座に物陰に隠れたり、地面に落下して死んだふりをしたりと、様々な回避行動をとります。
獲物が発する音と天敵が発する音の周波数の違いを識別し、的確な判断を下す能力は、絶えず危険にさらされている蜘蛛にとって、生存確率を上げるための鍵となるスキルです。
蜘蛛が出す鳴き声の正体と発音の仕組み

蜘蛛は音を聞くだけでなく、一部の種類は自ら音を出すことも知られています。しかし、それは鳥や哺乳類のように声帯を震わせて出す「声」ではありません。
蜘蛛が出す音の正体は、主に「ストリドレーション」と呼ばれる発音行動による摩擦音です。これは、体の一部(ヤスリ状の器官)を、別の体の一部(突起など)でこすり合わせることで音を出す仕組みで、コオロギなどが音を出す原理と似ています。
例えば、大型のタランチュラの中には、上顎と触肢をこすり合わせることで「シャー」というはっきりとした威嚇音を出すものがいます。この音は、蜘蛛の「鳴き声」と表現されることがありますが、実際には体の構造を利用した物理的な音なのです。
求愛や威嚇で音を使うクモの生態
蜘蛛が自ら出す音は、彼らの社会的な行動、特に求愛や威嚇といったコミュニケーションにおいて、重要な信号として機能します。
求愛行動での利用
オスの蜘蛛の中には、メスに自分の存在をアピールするために、音や振動を利用するものがいます。例えば、巣の糸を特定のパターンで弾いてメスの注意を引いたり、地面を脚で叩いて(タッピング)振動を送ったりします。メスは、この音や振動のリズムや強さから、オスが同種の仲間であることや、求愛の意思があることを認識します。
威嚇行動での利用
前述の通り、タランチュラなどが出す威嚇音は、他の生物や同種のライバルを遠ざけるために使われます。大きな音を出して相手を威嚇することで、直接的な闘争を避け、自身の安全を確保する効果があります。このように、音は無用な争いを避けるための有効な手段となっているのです。
奥深い蜘蛛の聴覚の世界(まとめ)
この記事では、蜘蛛の聴覚に関する様々な側面を解説してきました。最後に、その要点をまとめて振り返ります。
- 蜘蛛に人間のような耳という器官はない
- 脚や体毛にある特殊な感覚器官で音を感じる
- 聴毛は空気の微細な振動を捉えるアンテナの役割
- 細隙器官は外骨格の歪みから振動を検知する
- 蜘蛛は音の周波数を聞き分けることができる
- メダマグモは脚先を鼓膜のように使い音を聞く
- 約2メートル先の音も感知する驚異的な能力を持つ
- 低周波の音は獲物と判断し捕獲行動に移る
- 高周波の音は天敵と認識しフリーズして身を守る
- 聴覚は獲物を狩るための強力な武器となる
- 同時に天敵から身を守るための警戒システムでもある
- 一部の蜘蛛は自ら音を出してコミュニケーションする
- 体をこすり合わせる摩擦音が音の正体
- 求愛行動でメスにアピールするために音を利用する
- 威嚇音を出してライバルとの無用な争いを避ける
- 蜘蛛の聴覚システムはロボット工学などにも応用が期待される